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    <title>出会いそして転機</title>
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    <subtitle>出会いと転機について解説しています。</subtitle>
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    <title>旅先での素敵な出会い</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:15Z</published>
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    <summary>僕は旅行が好きだが、その理由は旅先では誰かしらと出会えるからだ。香港へも一度旅行...</summary>
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        <![CDATA[<p>僕は旅行が好きだが、その理由は旅先では誰かしらと出会えるからだ。香港へも一度旅行で訪れたことがある。この香港でも僕は色々な経験と出会いをした。1992年に後輩と2人で旅行をした。まだ中国返還前の頃である。僕の旅行はいつも、観光地と呼ばれる場所へはあまりいかない。その時行ったのも、タイガーバームガーデンと呼ばれるところくらいだろう。</p>]]>
        <![CDATA[<p>どこへ行くのかと言うと、現地の人が暮らすような場所へ赴くのが好きなのである。朝の公園や下町の屋台をめぐったり、九龍地区の路地裏を歩いたり、そんな日本人や西洋人も少ないような辺りを散策した。そんな場所を場違いな僕達が歩いているので、地元の人々は僕達に鋭い視線を浴びせていたのを覚えている。下町の屋台を巡った時など、谷岡亜紀の歌「臓物を大鍋に煮る屋台まで人生の今日を歩み来たれり」を思い出した。「下町をブラブラ散策していたら、大鍋で贓物を煮込んでいる屋台を見つけた。食べてみれば素晴らしく美味しい。これを食べるために今日まで歩んできたんだ。」恐らくこんな意味だろう。旅をこよなく愛する谷岡亜紀と同じ心境になれたことがとても嬉しかった。</p>

<p>旅先でタクシーに乗ると、必ず「どこから来たの？」「ここへ来たのは何回目？」などの会話が運転手と繰り広げられる。香港でも同様だった。20代そこそこの運転手と僕らは英語で会話をする。彼は普通に英語を話せるが僕らは片言の英語だ。しかし、ジェスチャーを交えながら、あっという間に打ち解けてしまった。乗車時間は30分程度だろう。その間にはたわいも無い会話から、日本の文化に関する話にまで至った。</p>

<p>文化と言っても、そんな崇高な話ではなく、日本で流行っている歌の話である。日本の情報がたくさん入ってくる香港では、日本で流行っているアーティストや歌を当然のように知っていた。目的地に着いた彼は、楽しかったからと料金を請求しなかった。あまりにも断りすぎるのも素敵な出会いを台無しにしてしまうので、僕らは日本円を記念に渡す事にした。香港での出会いは、彼との出会いが最も印象的であった。</p>]]>
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    <title>僕の行き方を導いた祖父との出会い</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:15Z</published>
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        <![CDATA[<p>僕の祖父は戦後ソ連軍の捕虜となっていたそうだ。満州から引き上げてきた祖父は、その後は地方都市の助役として従事していたらしい。戦争経験者と言うことも会って、祖父の家には中国や日本の歴史などの書物がたくさんあった。僕はそんな祖父の家で産まれている。だから祖父との最初の出会いと言えば産まれたときなのだろうけど、本当の意味での出会いはまだまだずっと後の事である。</p>]]>
        <![CDATA[<p>今の時代のように、孫を溺愛するような風潮はそれ程無かったのか、祖父の性格なのか、幼少期に祖父とそれ程接した記憶が無い。まともに会話した記憶すらないのである。僕が祖父と会話らしい会話が出来るようになったのは、僕が大学に通うようになり、中国文化を専攻するようになってからであろう。戦争経験者である祖父は、僕に特別目をかけてくれるようになったのを僕も肌で感じていた。</p>

<p>そんなあるとき、祖父が僕に問いかけをしてきた。「日本はアジアで悪いことをたくさんしてきた。しかし、日本は戦争に敗れた。そしてアジア各国は独立して現在にいたっている。これはどういうことなんだろう」。大学で中国文化を専攻していようとも、こんな壮大な問いかけに答えられるわけが無い。もちろん、祖父も解答があるわけではなかったようだ。しかし、こんな問いかけをしてくる祖父に僕は驚いたし、とても嬉しかった。しばらく2人で黙って見つからない答えを追求しあった。</p>

<p>祖父と対等に人間として会話を交わしたのはこのときが恐らく初めてである。そういった意味で、僕は初めてこの日に祖父と出会ったような気がした。長いこと一緒にいながら、初めてこの日に祖父と言う人間を見た気がした。その後数年で祖父は他界した。もちろん、あのときの回答はその後数年間でも出ていない。そしてこれから先も出てこないかもしれない。しかし、それが今の私のライフワークとなっているから不思議なものである。あの日、あの時、祖父からあの質問を投げかけられなかったら、今の僕は違っていたかもしれない。あの日の祖父との出会いが、僕の行き方を導いてくれたのである。</p>]]>
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    <title>親友との出会いと別れ</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:15Z</published>
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        <![CDATA[<p>僕にとって一番の親友といえるのは、高校時代の友人である。彼との関係は親友でありながら戦友でもあったかもしれない。親友であったからこそ良いライバルであり、その為に、あることをきっかけに何年と彼と会う事はなくなった。そして、最後に彼と会ったのは葬儀場だった。写真の中の彼は何年とあっていなかったけれども、僕の知っている彼だった。</p>]]>
        <![CDATA[<p>高校時代、僕らはいわゆる普通の高校生生活を送っていた。学校を一緒にサボったりしては先生に怒られ、だからといって不良といった訳ではない。高校生のときならばよくある程度の羽目のはずし方をするくらいの2人であった。そんな僕らの共通の趣味が、『傭兵部隊』『20世紀最後の真実』『アメリカよ！あめりかよ！』など落合信彦の一連の書籍を読むことだった。僕らはそこらの高校生より男らしさとか男の友情とか、そういった熱い感情に魅せられていた。そんな感情を持っていても、やはり大学受験に向けてはそれなりに勉強して、お互いにそれなりの大学に入学した。それなりの人生を進んではいるけれども、内に秘めた熱い感情はお互いにまだ抱いていた。しかし、大学4年生を向かえ就職活動の頃から少しずつ2人の関係が変わってきた。</p>

<p>僕は運よくそれなりの企業に就職でき、それなりの社会人生活を送ることが出来たのに対し、彼は就職活動に失敗した。熱い感情・熱情を抱いていた彼にとっては、はたから見れば大袈裟と捉えられるかもしれないが、夢が破れたくらいの大きな衝撃だった。そして、彼は僕にこう言って去っていった。「おたがい、一人前になったら会おうや」。高校時代から彼のことを知っているだけに、彼を止める事はできなかった。彼にとっては僕に対する一種の挑戦状だったのかもしれない。</p>

<p>そしてその後彼とは全く連絡を取らなかった。しかし彼とは一番の親友だと思っていたし、きっと彼もそう思っていたに違いないと確かな自信がある。「一人前になったら会おう」と言う約束は果たされなかった。けれども、今でもこの約束を僕は果たそうと思っている。自分が一人前になる、そしてあの世で待っている彼と何十年か先に、いつしか会う。だからこそ、今の僕は頑張れるのである。辛いことがあってもこの言葉を思い出すと、自然と力が沸いてくるのである。親友の言葉が僕の人生に大きな原動力を与えてくれているのである。</p>]]>
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    <title>初めて信頼できた恩師との出会い</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:15Z</published>
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    <summary>誰でも恩師と言う存在がいるものだろうか？小学生の頃の自分は、先生と呼ばれる人種は...</summary>
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        <![CDATA[<p>誰でも恩師と言う存在がいるものだろうか？小学生の頃の自分は、先生と呼ばれる人種はあまり好きではなく、自分に恩師が出来るなんて想像もつかなかっただろう。しかし、こんな僕にも恩師がいる。初めて先生と呼ばれる人が好きになったのは小学校4年生のときだった。</p>]]>
        <![CDATA[<p>僕は父親の仕事の関係でよく小学校を転校させられていた。転校生だった割りに、明るい性格だったので、行く先々で友人はすぐに出来、遊びに夢中の小学生だった。その為、宿題はやらない、授業は聞けない、先生の指示を守れないという、いわゆる問題児だった。そんな学校生活だから成績は当然悪く、成績どころか先生からの評判も良いわけはない。通知表は3段階評価だったが、最も良い評価を貰った科目など一科目もない。<br />
先生に好かれなければ、自然と自分も先生が好きではなかった。小学生だから恩師なんて言葉の存在すら知らなかったし、知っていたとしても自分には無縁の存在だと思っただろう。</p>

<p>そんな小学校生活の中で、4年生の時にまた転校した。前の学校で、酷く担任教師からしかりを受けたせいもあってか、引越し先の田舎で、初めて両親に学習塾に通うことを勧められた。塾といっても今で言う猛勉強させられる進学塾のようなところではなく、のんびりと学校の授業の復習を行なうような、田舎にあるのんびりした学習塾である。僕の担当になったのは若い女性の先生だった。僕のレベルを見るためか、診断テストのようなものを数科目受けさせられた。テストは好きではないが、初めての塾だし、気持ちも張っていて、それなりに一生懸命解いた記憶がある。</p>

<p>けれども、所詮僕が一生懸命やろうとも、結果は知れている。国語も算数も3段階評価でいつも下の成績を付けられていた僕の解答用紙など、間違いだらけなのである。まあ、かろうじて国語よりも算数の方が解けたような感触はあったのだが。診断テストが終了し、間違いだらけの僕の解答用紙を見て、担任の女の先生は僕にこう言ったのだ。「計算が得意なのね」。初めて言われた言葉だった。驚いた、と同時に天にも昇るような気持ちになった。ボロボロの僕の解答用紙のなかから、せめてもの良いところを見つけて褒めてくれたのである。僕は大人になった今でもあのときの光景を忘れていない。あれ以降、算数だけは頑張った記憶がある。これが初めて信頼できる恩師との出会いだった。</p>]]>
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    <title>思わぬ再会</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:15Z</published>
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        <![CDATA[<p>偶然と言うのは意外と日常の転がっているものである。私はちょっとした偶然をつい先日体験した。私は仕事の都合上、いつもランチは軽く済ませることが多い。スーパーの惣菜やコンビニの弁当を買って済ませるのが日常となっている。いつものようにランチを買いに、いつものスーパーの惣菜売り場で商品を選んでいると、懐かしい顔を見つけた。最後にあったのはいつくらいだろう？恐らく10年くらい前ではないだろうか。しかししっかりと覚えている顔である。絶対にあのときの彼女であった。</p>]]>
        <![CDATA[<p>10年位前の私は、よく夜明け頃になると近くの公園を訪れては、夜が明けていく風景を楽しむというちょっと変わった趣味があった。お酒を飲みながら夜明けを楽しんだり、意外とそんな時間にも他にも人がいて、そんな人たちと会話を楽しむのが好きだった。彼女とであったのもその公園である。</p>

<p>風俗嬢であった彼女は、彼氏の為に風俗を辞めるかどうか真剣に悩んでいた。その夜明けは彼女とそんな会話をしながら、なんとなくにメールアドレスを交換し合い、たまに連絡を取るという、友人とも言えぬ近況報告をするくらいの関係が続いたのである。その後彼女は彼とは別れたという。風俗嬢の仕事も辞めたり戻ったりを繰り返していると聞いていたが、その後彼女との連絡はどちらからともなく自然と途絶えていた。</p>

<p>そんな中での偶然の再会であった。彼女は私に気がついていない。フト彼女の後ろを見ると、可愛らしい彼女によく似た小さな女の子を連れていた。一瞬私の顔がほころんだ。私は当然のように、声をかけることなくその場を後にした。何故だろう、話しかけないのが当然のような気がしたのだ。しかし、私にとってはとても嬉しい再会であった。昼食こそ食べそびれたけれど、なんだか、心がとても軽くなり日常の疲れが一気に取れた気がした。</p>]]>
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    <title>山での出会い</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:15Z</published>
    <updated>2009-05-21T19:51:15Z</updated>

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        <![CDATA[<p>僕は自然が好きである。休日になるとよく山川に出向き自然を楽しむ。そこで出会った一人の山男との会話がとても面白かった。全長13キロに及ぶ三段峡には五大壮観（黒淵、猿飛、二段滝、三段滝、三ツ滝）なる見所がある。先日の休みを利用して僕は訪れた。渓谷の入り口から3キロほど歩いたところが、第一の五大壮観、黒淵の渡船場である。そこに50代くらいであろう、日焼けしたボサボサ頭の船頭がいた。</p>]]>
        <![CDATA[<p>「大山椒魚を見ることが出来るかな？」と僕はその船頭に問いかけた。山歩きをしながら、こうした初めての人との会話を楽しむのも、僕の楽しみの一つである。大山椒魚は地元では「ハンザキ」と呼ばれているそうで、戦前の貴重な蛋白源だったそうである。今では食べる人はあまりいないと聞いていた。船頭は待ってましたと言わんばかりに、色々話し出してくれた。「ついこの間までは向かいの黒淵荘で水槽に入れとったんじゃけど、逃がしてしもうた」「天然記念物といわれた頃もあったけれど、数は大分増えとる」「鰻よりも美味しいぞ」</p>

<p>僕の数少ない知識から「今は食べないんじゃないんですか？」と聞くと、これもまた、嬉しそうに答えてくれた。「今でも若いもんが集まれば食うとるよ」そういって、あれこれと生臭さのとり方や皮のむき方など、船頭流の調理方法を教えてくれた。そんな話を聞いているうちに、「はは～ん、逃げられたといった大山椒魚の行方が解ってきた」と僕は思い、そう思いながら聞いていると、ますます彼の話が楽しくなった。</p>

<p>大山椒魚を見れなかった事は残念であったが、彼とのやり取りは、僕にとってとても楽しかった。聞いているとたわいも無い会話だけれども、なんと言うか、自然で生きる男の頼もしさを感じた。もしかすると、彼が大袈裟に話しているのかもしれない。山に訪れる人たちを楽しませるためにである。けれども、そんな事は僕にとってはどうでも良かった。確かなのは、山で出会った彼から、何か不思議な感覚を覚えたのは確かなのである。</p>]]>
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    <title>言葉から生まれた新しい世界観</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:14Z</published>
    <updated>2009-05-21T19:51:14Z</updated>

    <summary>私は自分がとても単純な人間であると思う。新しい人と出会うとその人に影響されること...</summary>
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        <![CDATA[<p>私は自分がとても単純な人間であると思う。新しい人と出会うとその人に影響されることもあるし、本を読んでもすぐに影響されることがある。それが、些細なことであるときもあるし、人生の転機となるような重大な場面で影響することもある。しかし、そんな影響を受けながら歩んできたこれまでの人生、決して悪いものではなく、むしろ、自分にとっては良かったことと思っている。</p>]]>
        <![CDATA[<p>影響を受けた書物に山崎方代の作品がある。「放浪の歌人」「無用の達人」とも呼ばれていた山崎方代の生き方は、何故か私に大きな影響を与え、私に忘れていたものを思い出させてくれる人物である。そして彼の言葉から、今までに感じたことの無い、新しい世界観も生まれてくるのである。</p>

<p>「こんなにも湯呑茶碗があたたかくしどろもどろに吾はおるなり」この歌をご存知だろうか。私が最も好きな彼の歌の一つである。湯呑茶碗の温かみにしどろもどろになってしまうなんて、今の時代、誰がこんな歌が詠めるだろうか。そんな彼の純朴さが、私が現代社会に忘れてきてしまった何かを思い出させてくれるのである。「手のひらに豆腐をのせていそいそといつもの角を曲がりて帰る」この歌も好きである。豆腐を手に入れ、手のひらから落ちないようにいそいそと大事そうにしている様が目に浮かぶ。こんな些細な喜びを、現代社会で暮らす私は忘れてしまっている。</p>

<p>「ゆくところ迄ゆく覚悟あり夜おそくけものの皮にしめりをくるる」彼の歌としてはちょっと趣向が違うものであるが、男ならばいざと言うときにはそれなりの覚悟が必要だと言うことを改めて感じさせてくれる。彼の言葉はどうしてか、私の心に住み着いて出て行かない。他の人であれば、気にも留めないようなこれらの歌が、私の人生の中では新しい世界観となり、結構大きな影響を与えている。けれども、そんなことを気に留めることが出来る自分の単純さが、わりと好きなのである。</p>]]>
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    <title>運命の男女の出会い</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:14Z</published>
    <updated>2009-05-21T19:51:14Z</updated>

    <summary>人生の中で出会いは様々あるけれど、男女の出会いほど神秘的な、運命的なものは無いと...</summary>
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        <![CDATA[<p>人生の中で出会いは様々あるけれど、男女の出会いほど神秘的な、運命的なものは無いと僕は思っている。それを思わせるのが、中世ヨーロッパ最大の悲恋と言われる「トリスタンとイゾルデ」である。「アーサー王と円卓の騎士」の挿話でもあるこの物語は、ワグナーの楽曲として有名であり、知っている人も多いだろう。物語を悲恋とさせたのは、娘の王女イゾルデを思う母王妃の愛情からであった。</p>]]>
        <![CDATA[<p>アイルランドの王女イゾルデは異国の地コーンウォールのマルク王に嫁ぐ事になった。異国の地に嫁ぐ娘を思い、王妃は「永遠の愛」を約束させる媚薬を、イゾルデとマルク王に飲ませようと計画した。ところが媚薬を預かった侍女は、マルク王の命でイゾルデを迎えに来た騎士トリスタンとイゾルデにその媚薬を飲ませてしまった。媚薬は効果を発揮し、マルク王の妻となった後も、イゾルデとトリスタンは激しく愛し合い密会を続けたが、それも長く続くわけが無い。マルク王に知られ、トリスタンは国外へ追放された。</p>

<p>ここで2人の愛が終わればそれほどの悲恋ではないが、まだ話は続く。時は流れて、トリスタンは新たに妻をもった。しかしトリスタンはイゾルデを忘れる事はできなかったし、イゾルデも同じであった。そんな中トリスタンはある戦いで瀕死の状態となった。トリスタンは使者にイゾルデを連れてきてもらうように命じた。目印としてイゾルデをつれてくることが出来たならば船に白い帆を、出来なければ黒い帆を揚げよと告げて。</p>

<p>これを聞いていたトリスタンの妻は嫉妬に刈られた。船がやってきたことを知ったトリスタンは、ベッドから起き上がり、帆の色を確認することすら出来なかった。トリスタンは傍にいた妻に帆の色は何色かを聞いたのだった。そして妻はこう言った。「黒の帆だ」と。<br />
果たして帆の色は本当に黒だったのだろうか？実は白であった。つまりイゾルデはトリスタンに会いにきたのであった。嫉妬にかられた妻が瀕死のトリスタンに最後の嘘をついたのであった。</p>

<p>トリスタンは絶望し、イゾルデの名を4度叫んで死んだ。駆けつけたイゾルデも、トリスタンの亡骸をみて絶望にくれ、トリスタンを抱きしめたまま息絶えたという。その後マルク王は2人の為に二つの墓を作った。その墓には夜になると不思議な事が起こる。トリスタンの墓から蔓が生えイゾルデの墓へのびていく。切っても切ってもその蔓はのびるのである。媚薬の効果は絶大であった。その後王はその蔓を切ることを禁じた。男女の出会いにはこんな悲しい出会いもあるのだ。あの出会いと別れから、彼らは再びあの世で出会って激しい恋をしているのだろう。</p>]]>
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    <title>バリでの新しい出会い</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:14Z</published>
    <updated>2009-05-21T19:51:14Z</updated>

    <summary>バリに旅行したのはもう数十年前の事になる。たった一度だけの数日間の旅行だったけれ...</summary>
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        <![CDATA[<p>バリに旅行したのはもう数十年前の事になる。たった一度だけの数日間の旅行だったけれども、私はバリの魅力に取り付かれてしまった。癒しの国バリと言われるだけあって、日本であわただしく暮らす私の心を一瞬にして癒してくれたのである。この旅行をきっかけに、人生の後世はバリで暮らそうと本気で思って、その考えは今でも変わらない。何がそんなに私の心を癒してくれたのかと言うと、あのゆっくりとした時間の流れ方、亜熱帯のけだるい空気、バリならではのガムランの響きである。</p>]]>
        <![CDATA[<p>観光で見たバロンダンスも魅力的だった。今でも時折夢に現れてくるくらい私の中では印象的でした。中沢新一の著書の中でも書かれているシークレットダンス、初潮前の少女をトランス状態に導いて行なわれるダンスであり、「サンヒャン・ドゥダリ」なる秘儀舞踊。バリには日本には無い独特の雰囲気があり、この雰囲気に私は魅せられてしまったのだろう。</p>

<p>異国での楽しみには、異国の人との新しい出会いがある。バリでも新しい出会いがあり、私はホテルのボーイと仲良くなり、バリの魅力について色々質問をした。日本のことを聞かれてこれほど答えられる日本人はいるだろうか？そう思わせるほど、彼はバリのことをよく知っていて、私に一つ一つ丁寧に答えてくれた。バリと言う島にも魅力を感じたが、バリをこよなく愛する彼にも私は魅力を感じたものだ。</p>

<p>帰国後も彼とはしばらく文通をした。それもいつしか自然と途絶えてしまい、今彼がどうしているのか全く知らない。けれども、あの時した約束、「今度は僕の家に遊びにおいで」その言葉が、実現できるような気がしてならない。バリに次に訪れる予定もないし、残りの後世を暮らすにもまだまだ早い。けれども、時折こうして彼のことを思い出すと、バリ滞在中に受けたような心の癒しと、バリの不思議な魅力を簡単に思い出すことが出来る。そして、彼との再会は実現できると何故か不思議と自信があるのだ。</p>]]>
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    <title>ネットがつなぐ不思議な縁</title>
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    <published>2009-05-21T19:51:14Z</published>
    <updated>2009-05-21T19:56:30Z</updated>

    <summary>私が経験したネットがつないだ不思議な縁の話をしたいと思います。今では殆どの人が知...</summary>
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        <![CDATA[<p>私が経験したネットがつないだ不思議な縁の話をしたいと思います。今では殆どの人が知っているmixi、私も2005年くらいから利用しています。Mixiではマイミクと呼ぶ友人のうち、私の場合は半分くらいが現実の友達であり、残りの半分はmixiを通しての友人です。<br />
時間があるときにマイミクの友人欄をよく眺めていますが、その中でちょっと気になる男性を見つけました。何が気になったのかと言うと、出身大学が私と同じで、学部学科までもが一緒だったのです。</p>]]>
        <![CDATA[<p>まあ、それなりに大きな大学だったのでよくあることと言えばそうですが、更に彼の日記などを読んでいると、知っている先生達の名前が出てきて、彼に更に親近感を覚えました。年齢こそ大分先輩ではありましたが、かなり興味を持ちました。そして更に驚いた事に、彼の入っているmixiのコミュニティの一つに出身小学校の集まりがあり、その小学校名が私の出身小学校と同じだったのです。しかも小学校は大学とはまったく別の県にある、田舎にある小学校です。こんな偶然ってあるんですね。</p>

<p>年代こそ違うけれども、同じ小学校を卒業し、中学・高校はわかりませんが、全く離れた大学にお互いが進学している、そんな不思議な偶然をインターネット上で発見したのです。<br />
ここまで偶然が重なると、不思議な事に普段はあまりメッセージを送ることの無い私が、何のためらいもなく、歳の離れた異性にメールを送ったのです。彼も私のメールに喜んでくれて、二人でしばらく懐かしい小学校の話や大学の話で盛り上がりました。話していく中で、小学校、大学と言う不思議な偶然意外にもいくつかの偶然も発見できたのです。</p>

<p>こんなことがきっかけで、今まで全く足を運ぼうなんて考えもしなかった小学校のある田舎へ訪れてみたくなりました。次の休日を利用して、小学校の田舎を訪れて、久しぶりに小学校時代の友人にも連絡をしてみました。ネットでのこんな偶然をきっかけにした久しぶりの再会にみんな喜んでくれた上に、不思議な縁があるもんだねとみんなで語り合いました。ネットでの不思議な縁が、昔の友人との繋がりを深めてくれた素敵な経験でした。</p>]]>
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