初めて信頼できた恩師との出会い
誰でも恩師と言う存在がいるものだろうか?小学生の頃の自分は、先生と呼ばれる人種はあまり好きではなく、自分に恩師が出来るなんて想像もつかなかっただろう。しかし、こんな僕にも恩師がいる。初めて先生と呼ばれる人が好きになったのは小学校4年生のときだった。
僕は父親の仕事の関係でよく小学校を転校させられていた。転校生だった割りに、明るい性格だったので、行く先々で友人はすぐに出来、遊びに夢中の小学生だった。その為、宿題はやらない、授業は聞けない、先生の指示を守れないという、いわゆる問題児だった。そんな学校生活だから成績は当然悪く、成績どころか先生からの評判も良いわけはない。通知表は3段階評価だったが、最も良い評価を貰った科目など一科目もない。
先生に好かれなければ、自然と自分も先生が好きではなかった。小学生だから恩師なんて言葉の存在すら知らなかったし、知っていたとしても自分には無縁の存在だと思っただろう。
そんな小学校生活の中で、4年生の時にまた転校した。前の学校で、酷く担任教師からしかりを受けたせいもあってか、引越し先の田舎で、初めて両親に学習塾に通うことを勧められた。塾といっても今で言う猛勉強させられる進学塾のようなところではなく、のんびりと学校の授業の復習を行なうような、田舎にあるのんびりした学習塾である。僕の担当になったのは若い女性の先生だった。僕のレベルを見るためか、診断テストのようなものを数科目受けさせられた。テストは好きではないが、初めての塾だし、気持ちも張っていて、それなりに一生懸命解いた記憶がある。
けれども、所詮僕が一生懸命やろうとも、結果は知れている。国語も算数も3段階評価でいつも下の成績を付けられていた僕の解答用紙など、間違いだらけなのである。まあ、かろうじて国語よりも算数の方が解けたような感触はあったのだが。診断テストが終了し、間違いだらけの僕の解答用紙を見て、担任の女の先生は僕にこう言ったのだ。「計算が得意なのね」。初めて言われた言葉だった。驚いた、と同時に天にも昇るような気持ちになった。ボロボロの僕の解答用紙のなかから、せめてもの良いところを見つけて褒めてくれたのである。僕は大人になった今でもあのときの光景を忘れていない。あれ以降、算数だけは頑張った記憶がある。これが初めて信頼できる恩師との出会いだった。
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